パクリタキセル点滴1コース終了 ― 2025年12月18日 17:37
パクリタキセル点滴1コース終了
パクリタキセル化学療法を9月に始めて2か月半6回の1コースを終えた。CTの結果、ガンが転移した腎臓の大きさは化学療法前と変わりはない。今のところ抑制効果があるとの判断で、2コース目を始めた。
副作用がきついのでやめたいが、他臓器への転移の可能性もあるのでこの薬を試す他選択肢はない。副作用がきついので隔週ペースで点滴している。結果、3か月弱副作用に悩まされる。その内この薬も効かなくなるらしい。あとは自己の免疫力に期待する他ない。
年末になると訃報の知らせが届く。年々多くなるような気がする。自分より一回り弱年上の先輩が多いが頻繁に酒席でご一緒させて頂いたので何とも寂しい。
何でもできるときに楽しんでおかないと、年を重ねるにつれまたの機会はほとんど来ないことを実感する。
副作用でQOL(生活の質)が落ちた毎日はつらくむなしい。これが闘病老化の実体なのかも知れないが、そんなに長くはない時間を無駄に過ごしている気がして焦るのである。
これではいかん、いやこれで良いのだ。焦りもその内消える。お気に入りの音楽聴きながら寝たら良い。ロックかジャズがいいなあ。いや河島英五、ハッピーエンド、ソウルはどうや。
目が醒めるのも良し・・・何でもありや・・・自然体で行こう・・・
幸太郎 九拜
身体は弱っても腹は立つ ― 2025年12月01日 16:52
身体は弱っても腹は立つ
抗がん剤パクリタキセルを点滴投与しはじめて2ヶ月半になった。副作用がきつく、週に一回のペースにはとても身体がもたないので休みながらである。これまでの療法とはレベルが違う。これが抗がん剤の副作用ですよと看護師さんは言う。個人差はあるとはいえこの薬はきついらしい。
きつい副作用に耐えても効くのは2、3割らしいのでそれを考えると、一気に精神的にきつくなる。心身ともにガタガタで何ともしんどい日々である。身体は正直で副作用がきつい間はいくら気力をふりしぼっても何とも動けないが、点滴後10日ぐらいたつと少し楽になって倦怠感が引いていくのを実感できる。
禅は今を生き切れとおしえるがその実現は病気ではとてもできないと思う。どうしても先のことをあれこれ考えてしまうのである。
全てを自然にまかせる。脳は休めて体の欲するままに食べて寝るに徹するのが良いのだが。そんなことを意識せずともそうなっているようにも思うが、時々脳がはたらきあせってしまうのである。
こんな状況でできることは、只々、断念して身の回りのものをすてる。物理的に消すのが一番であろう。とりあえずは身体が動くときに、棚の端から始末しよう。
早速、本の買取をネットで調べて家まで来てもらった。プリフラといところである。女性一人でやってきて、業者に売れるか査定させるという。玄関に山積んだ書籍の背を鷲つかみにしてスマホで写真を撮り出した。査定に10数分かかるという。その間チラシを出して、ネクタイピンとか時計、カメラはないかという。少しあったのでそれを出してみせた。そのうち査定の返事が来て、書籍は古いので全て買い取れないし、引き取り処分もできないという。なんかおかしな感じがした。手ぶらで来て写真を撮って査定のふりをする。最初から本なんか買い取るつもりはない。
久しぶりに腹が立った。身体は弱っててもはらは立つものだ。全てキャンセルして帰ってもらった。あとで考えてみたらほんの買取を装ってジュエリーを探しに来たのだと思う。しんどい目して本を玄関に運んだのに、悔しい。
このままでは、玄関は本の山である。棚に戻す元気はない。一度頼んだことのあるブックオフを思い出した。本は段ボール3箱に詰めた。重たいので箱は補強した。とりあえずは無事引き取ってもらった。一安心。
やれやれである。ネットにはうまい話が溢れている。困っているときは簡単に騙される。高く買い取ってもらうつもりはない。商売人の仕掛けに引っかかる自分が情けない。
今週久しぶりの点滴である。またしんどくなる。これまた鬱陶しい。年末なのにいいことないねー。
幸太郎 九拜
明日退院予定 ― 2025年09月10日 17:59
明日退院予定
二週間入院した。5回の放射線治療と化学療法(パクリタキセル単剤点滴)を開始した。
骨転移には放射線をあてガンを焼く。痛くも痒くもない。あてている時間は1、2分である。これは楽勝だ。後遺症は知らない。ガンは2番胸椎を侵食していた。腰でなくて良かった。肩甲骨あたりに疼痛があるだけで、わりと体は動かせる。まだ痛むので、効果は出ていないようだ。
やはりつらいのはパクリの点滴による副作用だ。腹の調子が悪いし、それに背中痛みが出ているので、かなりしんどい。食欲はなく、午前中は鬱で、午後から比較的よくなる。夜はトイレで3、4回起きるのでいつも熟睡感がない。なんとも言えない、鬱陶しい毎日である。
ガンの苦しさは転移組織の疼痛であることを実感した。前はガンと共生して過ごせると思ったこともあったがとんでもない。なんかイスラエルとハマスが頭をよぎる。
ゆっくり思いを巡らす虚しさのなかで、切れっぱしの若いころのメモリーが出ては消える。こんなもんやと第3の自分がつぶやく。
病院で打てる手は皆やった。あとは結果を確認するだけ。
歯科の予約と免許更新の予約を入れた。ちまたの生活へのならしだ。脱ベッド、コツコツと普段に戻そう---明日退院します。
幸太郎 九拜 @病室
おもちゃは買ったが ― 2025年08月28日 08:42
おもちゃは買ったが
机上で遊ぶのにおもちゃを買った。iPadAirである。設定を済ませて触ってみてはいるが、なかなか新しい機能を使うまでには至っていない。
これまで使っていたのと変わりがないのであるが、使いこなせないのがくやしい。今の自分の腕では新機能は使いこなせないので、勉強しなければならない。気力がいるのである。
今のところ古いので十分用が済んでいるので、その気にならない。それに買うまでわからなかったが、アップルがPRしている使い方は隠居した高齢者には必要がない。ペンシルの機能も追加されているが、絵描きでもないのでそこまで必要ないように思う。
現在の自分のライフスタイルは世間のDXの動きにやっとこさついていっている感じである。スマホにやっと慣れてきたところで、最新のタブレットを連動させるのはまだ先の話で、いつになることか。
こんなことで、抗がんと同様におもちゃで遊ぶのも苦戦している。今回のことで分かったことは、楽しく遊ぶのは道具のあるなしではなく心の如何によることである。そんなことは子供の頃から身についているはずなのに、歳とって頭の中が理屈でいっぱいになり遊び心が消えかけている。
これが老化なのかもしれない。こちこちの親父の石頭と言われるが、いろいろな場面で出てきている気がする。気をつけないといかんぞ。
楽しく遊ぶには体を動かすに尽きる。頭を動かす遊びは下手したらストレスをためてしまう。
自然体で無心に遊べなくなったのがどうもいかん。猛暑がおさまったらせいぜい外に出て身体を動かそう。さすればいっときでも童心にかえれるかもしれない。
幸太郎 九拜
おもちゃが欲しい(独り言) ― 2025年08月17日 17:15
おもちゃが欲しい(独り言)
人は心身ともに動かして健康を維持できる仕組みになっている。ところが老化でだんだんできることが限られるようになる。病によってこれが加速される。残念ながらこれを抑える特効薬はない。それでも諦めずに延命策を探している自分にふと気がつく。
というのも、今夏の猛暑で得意としてきたアウトドアでの活動ができない日々が続いているからである。終日家にこもり夜になると虚しくなる。一月近く作務をしていない。寝床で自坊の草ぼうぼうのイメージが駆け巡る。身体は動かさなかったら機能は退化する。なんとかブレーキをかけたい。
ということで、ジムで朝風呂の前にベルトの上を30分ぐらい歩いている。これでは運動量は足りないが無理したらいかん。家に帰ってから何をするかである。義務ではなく楽しく過ごしたい。
それには一人で遊べるおもちゃがいる。ゲームはしないので、ぴったりなのがパソコンかなあ。手軽で突っ込める分野も広い。最近の進化のスピードはすごいしAIも溢れている。コンピュータは最新のものに限る。こんなことを断片的に思い浮かべる。
今使っているものに不自由を感じていないが、歳を考えると遊べる時間は限られる。その期間はさて、5年ぐらいは見込めるか。さすれば、3年目に良いマシンを入れても値打ちがない。古いのを無理して使わずに早めに変えて、元気なときに思いっきり使って遊んだ方が良いに決まっている。
大袈裟だがこのお金は健康寿命延命薬のお代と思えば良い。効用を信じれば高いおもちゃも躊躇なく買える。すでに、抗がん療法でこの思考回路はできている。
ところで買い替え候補は何か。それは8年使ったiPadPro10.5なのだ。
ええー、たかがタブレットの買い替えにここまで理屈をこねることはないやろが。
あとは言い訳です。考え方の基礎ができる幼少期は物がなかった。だから、幾つになっても使えるものは捨てられない。それに頭の中の物の価値判断の尺度は更新されていない。
歳とって処分されても気がつかなくなれば幸せかな。認知症になっても周りは困るしなあ。そうや、都合よくボケるトレーニング法を最新のマシンで調べて使い心地も見てみよう。
幸太郎 九拜
最近のコメント