点滴続く ― 2026年01月19日 17:06
点滴続く
世間では年が改まったが自分のうちでは何ら変化はない。これはありがたいことなんだと思おうとするものの、そうはいかない。次第に抗がん剤の副作用の締めつけがきつく感じられ、不安感が高まるのだ。
やたらガンで亡くなったとの報道や知らせが気になる。他人事ではない。この前も、ジムの風呂で、Uさん最近見かけないけどどうしたのかなと言ってたら、亡くなったとのこと。60過ぎ、自分より元気そうで運動もしていたのに。糖尿と思ってたら、肺ガンだったとのこと。朝会わなくなって、1、2か月である。人によって違うというが、どうしても自分と比べてしまう。
もう一人最近見かけない人がいる。朝の一番風呂でよく会った。自分の肝臓にはガンの卵がいると言っていた。体格はやや肥満だが肌の色つやは良い。浴槽、サウナ、水風呂と元気よくはいってた。この人も60過ぎでまだ働いていると言っていた。どうしているのかわからない。近所だが会うことはない。
こんなことに思いめぐらせて、あっという間に午前の時間がたつ。ほとんど午前中はジムの風呂ゆきがやっとで何ともむなしい。抗がん剤をやめたら、ガンは大きくなるというし、このまま続けてもしんどい生活があるだけなのだ。
ドクターは治療をやめる人もいるという。だが自分にはまだその覚悟ができない。副作用に付き合いながら自然に選択肢がなくなるのを待とうと思う。
今週は点滴の週なので、またしばらくダウンする。やれやれである。
パクリタキセル点滴1コース終了 ― 2025年12月18日 17:37
パクリタキセル点滴1コース終了
パクリタキセル化学療法を9月に始めて2か月半6回の1コースを終えた。CTの結果、ガンが転移した腎臓の大きさは化学療法前と変わりはない。今のところ抑制効果があるとの判断で、2コース目を始めた。
副作用がきついのでやめたいが、他臓器への転移の可能性もあるのでこの薬を試す他選択肢はない。副作用がきついので隔週ペースで点滴している。結果、3か月弱副作用に悩まされる。その内この薬も効かなくなるらしい。あとは自己の免疫力に期待する他ない。
年末になると訃報の知らせが届く。年々多くなるような気がする。自分より一回り弱年上の先輩が多いが頻繁に酒席でご一緒させて頂いたので何とも寂しい。
何でもできるときに楽しんでおかないと、年を重ねるにつれまたの機会はほとんど来ないことを実感する。
副作用でQOL(生活の質)が落ちた毎日はつらくむなしい。これが闘病老化の実体なのかも知れないが、そんなに長くはない時間を無駄に過ごしている気がして焦るのである。
これではいかん、いやこれで良いのだ。焦りもその内消える。お気に入りの音楽聴きながら寝たら良い。ロックかジャズがいいなあ。いや河島英五、ハッピーエンド、ソウルはどうや。
目が醒めるのも良し・・・何でもありや・・・自然体で行こう・・・
幸太郎 九拜
明日退院予定 ― 2025年09月10日 17:59
明日退院予定
二週間入院した。5回の放射線治療と化学療法(パクリタキセル単剤点滴)を開始した。
骨転移には放射線をあてガンを焼く。痛くも痒くもない。あてている時間は1、2分である。これは楽勝だ。後遺症は知らない。ガンは2番胸椎を侵食していた。腰でなくて良かった。肩甲骨あたりに疼痛があるだけで、わりと体は動かせる。まだ痛むので、効果は出ていないようだ。
やはりつらいのはパクリの点滴による副作用だ。腹の調子が悪いし、それに背中痛みが出ているので、かなりしんどい。食欲はなく、午前中は鬱で、午後から比較的よくなる。夜はトイレで3、4回起きるのでいつも熟睡感がない。なんとも言えない、鬱陶しい毎日である。
ガンの苦しさは転移組織の疼痛であることを実感した。前はガンと共生して過ごせると思ったこともあったがとんでもない。なんかイスラエルとハマスが頭をよぎる。
ゆっくり思いを巡らす虚しさのなかで、切れっぱしの若いころのメモリーが出ては消える。こんなもんやと第3の自分がつぶやく。
病院で打てる手は皆やった。あとは結果を確認するだけ。
歯科の予約と免許更新の予約を入れた。ちまたの生活へのならしだ。脱ベッド、コツコツと普段に戻そう---明日退院します。
幸太郎 九拜 @病室
おもちゃは買ったが ― 2025年08月28日 08:42
おもちゃは買ったが
机上で遊ぶのにおもちゃを買った。iPadAirである。設定を済ませて触ってみてはいるが、なかなか新しい機能を使うまでには至っていない。
これまで使っていたのと変わりがないのであるが、使いこなせないのがくやしい。今の自分の腕では新機能は使いこなせないので、勉強しなければならない。気力がいるのである。
今のところ古いので十分用が済んでいるので、その気にならない。それに買うまでわからなかったが、アップルがPRしている使い方は隠居した高齢者には必要がない。ペンシルの機能も追加されているが、絵描きでもないのでそこまで必要ないように思う。
現在の自分のライフスタイルは世間のDXの動きにやっとこさついていっている感じである。スマホにやっと慣れてきたところで、最新のタブレットを連動させるのはまだ先の話で、いつになることか。
こんなことで、抗がんと同様におもちゃで遊ぶのも苦戦している。今回のことで分かったことは、楽しく遊ぶのは道具のあるなしではなく心の如何によることである。そんなことは子供の頃から身についているはずなのに、歳とって頭の中が理屈でいっぱいになり遊び心が消えかけている。
これが老化なのかもしれない。こちこちの親父の石頭と言われるが、いろいろな場面で出てきている気がする。気をつけないといかんぞ。
楽しく遊ぶには体を動かすに尽きる。頭を動かす遊びは下手したらストレスをためてしまう。
自然体で無心に遊べなくなったのがどうもいかん。猛暑がおさまったらせいぜい外に出て身体を動かそう。さすればいっときでも童心にかえれるかもしれない。
幸太郎 九拜
おもちゃが欲しい(独り言) ― 2025年08月17日 17:15
おもちゃが欲しい(独り言)
人は心身ともに動かして健康を維持できる仕組みになっている。ところが老化でだんだんできることが限られるようになる。病によってこれが加速される。残念ながらこれを抑える特効薬はない。それでも諦めずに延命策を探している自分にふと気がつく。
というのも、今夏の猛暑で得意としてきたアウトドアでの活動ができない日々が続いているからである。終日家にこもり夜になると虚しくなる。一月近く作務をしていない。寝床で自坊の草ぼうぼうのイメージが駆け巡る。身体は動かさなかったら機能は退化する。なんとかブレーキをかけたい。
ということで、ジムで朝風呂の前にベルトの上を30分ぐらい歩いている。これでは運動量は足りないが無理したらいかん。家に帰ってから何をするかである。義務ではなく楽しく過ごしたい。
それには一人で遊べるおもちゃがいる。ゲームはしないので、ぴったりなのがパソコンかなあ。手軽で突っ込める分野も広い。最近の進化のスピードはすごいしAIも溢れている。コンピュータは最新のものに限る。こんなことを断片的に思い浮かべる。
今使っているものに不自由を感じていないが、歳を考えると遊べる時間は限られる。その期間はさて、5年ぐらいは見込めるか。さすれば、3年目に良いマシンを入れても値打ちがない。古いのを無理して使わずに早めに変えて、元気なときに思いっきり使って遊んだ方が良いに決まっている。
大袈裟だがこのお金は健康寿命延命薬のお代と思えば良い。効用を信じれば高いおもちゃも躊躇なく買える。すでに、抗がん療法でこの思考回路はできている。
ところで買い替え候補は何か。それは8年使ったiPadPro10.5なのだ。
ええー、たかがタブレットの買い替えにここまで理屈をこねることはないやろが。
あとは言い訳です。考え方の基礎ができる幼少期は物がなかった。だから、幾つになっても使えるものは捨てられない。それに頭の中の物の価値判断の尺度は更新されていない。
歳とって処分されても気がつかなくなれば幸せかな。認知症になっても周りは困るしなあ。そうや、都合よくボケるトレーニング法を最新のマシンで調べて使い心地も見てみよう。
幸太郎 九拜
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