核兵器禁止条約の発効2021年01月26日 22:41

ブログ 核兵器禁止条約の発効


 2021年1月21日に核兵器禁止条約が国際条約として発効されたとの報道があった。我が国は日米同盟のもと、安全保障が核兵器の抑止力に依存している故に参加はしていない。深堀するつもりはないが、これを契機に原子力への対峙に想いが過ぎった。


核兵器と原子力発電の違い

 核の平和的利用として原子力発電があげられる。発電は平和的利用だいえばそうだが、それは目先の金めあての亡者の言ではないか。有事の時は両方ともに取り返しのつかない環境破壊をもたらす。既に我が国は核の脅威を広島、長崎、福島で経験しているではないか。にもかかわらず、原子力に対する本質的な議論もなく、政策もすっきりせず判りにくい。これが目先利益最優先の社会、いや日本の文化、風土なのか。香港の人権問題も我が国では他人事だ。少なくとも、我が国に迫っている脅威に、遠くなりつつある耳をほじくらねばと思う。


経済至上主義

 なぜ危険と知りながら、それを利用し続けるのか。考え方の原点にまず経済発展ありきがあると思う。明治維新以降四半世紀にわたって、この考え方で発展してきたのも歴史が語るところである。近年はフリードマンに代表される新自由主義・市場原理主義で国際社会は発展と貧困の歪みを生み出した。右肩上がりの経済成長は永遠には続かないことを知りながら、話題にできない空気を作ってきた。これが原子力の本質を議論させない最大の原因ではないかと思う。


仏教経済学:スモール イズ ビューティフル1973年62才

 若い頃、岡本成之さん(元札幌市水道局管理者、北大講師、以後先生と呼ぶ)に色々教えていただいた。ある時何の話からか忘れたが、シューマッハを知っているかと問われた。知るはずもない。名前からしてドイツ生まれでイギリスに移住した経済学者である。彼の著書「Small is Beautifull」を読めというのである。先生は英文の原書を苦労して読んだそうだ。ある時札幌の本屋でいつもの棚を見上げた、写真の文庫本が目に入ったときの悔しさが忘れられないと言っておられた。経済学のケの字も解らない技術屋にとって、読みづらかった覚えがある。ただ、アジア、東洋思想、仏教など馴染みのワードが経済学につながるところに興味が湧いた。




第四章 原子力ー救いか呪いか

 1965年、経済学において変化が悪影響だと主張する者が挙証責任を負うべきとされていた。今もそうかもしれないが、彼は逆に、この変化が無害だと立証すべきだと反論したがどうにも核の利用は止まらない。当時「原子力の平和利用」がすでに深刻な危険を引き起こしている、として警鐘を鳴らしているが、世界はこれを無視して半世紀が過ぎた。これが彼の警告である(p190引用)。



 日本国は、地震のメッカで安定した地盤はどこにもないと、地質学者は言う。断層の密度も断トツだ。サイエンスの見通しを無視して時の浅薄な政策を無理強いして、何十年もやってきてニッチもサッチもいかなくなっていることを国民は知っているのだろうか。日本の人々はどれほどの災害被害が起これば本気になるのだろうか。コロナ、オリンピック、リニア・・・課題山積で原子力問題は当分の間、顕在化する事はないように思う。表に出た時は取り返しがつかない。核廃棄物処理の研究はしているだろうが、なんら実態が不透明である。核は政治、行政の問題ではない。地球をどうするかの問題で、やはり独立した研究組織の基でコントロールできないものかと、夢想してしまう

 シューマッハを新ためて読み直して共感してしまうのは何故なのか。考え方の原点、哲学とか宗教観、自然観が今の自分とよくあう。これも、コロナ禍、高齢化、それとも隠居の所以か。


河内のおっさん

 年取ったら世間が見えてくるんや。それに腹立つお前はまだまだや。わかりもせん明日に気を取れれんと、お前の今を観んかえ。四の五の頭をよぎるんやったら、作務に打ち込め、それでもあかんかったら、ぼちぼち、ボケん内に首から上すげかえるか・・下はまだ役に立ちそうやしなあ・・・!