スズメバチ追記2025年05月09日 13:20

 スズメバチ 追記


 軒先のスズメバチはどうしているかなと、一週間後に見てみた。何と立派な巣ができつつある。写真のように巣の上半分ぐらいできている。


 これはいかん。今度はハエ蚊用の殺虫剤をひと吹きした。ハチは益虫なので追いはらうだけ。例の大鎌でできかけの巣を落とした。


 巣の直径は7センチぐらいある。落ち着いた色合いとがらが民芸調で素晴らしい。スズメバチはなかなかのアーティストでもある。

 さて翌日は戻ってこなかったが、あっという間に巣ができるので、ちょくちょく見ないと危ない。

 それはそうと性とはいえ女王バチはよう働くなあ・・・


スズメバチ現る2025年04月29日 13:43

 スズメバチ現る


 朝食後、ウッドデッキをぼーっと眺めてたらスズメバチぐらいの大きなハチが飛んでいる。しばらく眺めていると軒先あたりで舞っている。ひょっとしたら巣作りかと戸をあけて軒をみた。


 案の定、スズメバチだ。ここはデッキへの出口こんなところに巣を作られたら大変だ。前日は来客でこのあたりはいつものような静けさではない。今日の早朝から作り始めたに違いない。

 春の巣作りする女王バチは攻撃的ではないが、用心しながら大鎌で突っついて追い払った。巣をぶら下げる紐のような部分と巣の頭はできていたので、こそぎ落とした。これでよし。

 しばらくするとまた飛んできて、作りかけの巣を探すように舞っている。あとかたもないのでそのうち諦めるだろう。しばし外で作務をして戻ってみたら、軒にとまって何かやっている。

 おいおいここで巣を作るのはやめてくれ。今度は大鎌を振り回した。鎌の部分は黒いので少し向かってきたが、すぐに飛んでいった。もちろんこちらの頭はうす茶色の帽子で黒みを隠し、動かさない。

 これから虫のシーズンになる。建物のそばや雨のかからないちょっとした茂みによくハチの巣ができているので、手入れするときは気をつけないと。わかっていても、作業に熱中してついうっかりしてしまう。

 ウグイスの鳴き声が上手くなったなと思ったのも束の間、あっという間にカラスがうるさくなってきた。一気に自然界は繁殖期に突入したようである。こんな環境から2年ほどご無沙汰してたので、センサーが鈍っている。少しずつやらないと危ない。

 やっぱり、やれやれ・・・頭に疲れがたまる。

            幸太郎 九拜




雨樋の詰まり2025年04月21日 18:02

 雨樋の詰まり


 樹木にかこまれた建物は何かと問題がでてくる。雨樋の詰まりがその典型である。落ち葉が詰まるのである。もちろん詰まることは分かっているので、大きなサイズの樋にしてあるし、網状のカバーもつけた。これで落ち葉は入らないが花の額やら小さな木の実が網目を通過するのである。

 病気になってからは雨の日に来ることがないので気づかなかったが、この前たまたまの雨で発見した。倉庫の雨樋が上の枡からあふれている。下の排水口は泥で詰まっている。細い木の枝で泥をかき出したが水は出てこない。道具もないのでこの日は何もできなかった。

 パイプを掃除する道具がいる。90度の曲がりを通す必要があるので、柔軟で腰があるワイヤーがいる。色々調べてバネ状のワイヤーを買った。長さは5メーターである。2千円ぐらいしたかな。


 晴れた日、下から入れてみたがうまく入らない。樋の径が100ミリぐらいあるので、詰まった泥塊に当たってUターンしてしまう。では上から入れたらどうかというので下屋の上に登った。

 なんと半円の樋は泥で一杯で網から草が生えてプランターの様である。網をはずして泥をかき出した。何年もの間、見てもいないし掃除もしていない。木の実なんどは重たいので流れずにたまっていくのだ。更に腐りにくく、細かい腐植土のようになっている。ただ、縦樋の上の方までは詰まっていなかったので助かった。

 さて、例のバネワイヤーを上から突っ込んでみた。うーんどうも途中でつっかえているようで、うまく入らない。樋に水を流して掻き回すも何ともならない。下から染み出してはいるようだが、泥は出ない。


 グニャグニャになるワイヤーではどうにもならない。少し長めの太い針金が良いかもと、番線を思いついた。足場を組むのによく使う。太さ3ミリぐらいの針金、樋の曲がりは通過できそうである。下から突っ込んでグリグリやった。何と少し水みちができた後、栓が抜けたように音を立てて泥塊がでてきた。


 縦樋の詰まりの原因は、単純な話である。樋の出口は細いU字溝につながっている。その先は地面にガラをつめたくぼみである。この簡易排水溝にたまった泥が樋の排出口の栓になったのである。水はしみ込んで引くが行き場のない泥はどんどん樋にたまっていった様である。

 樋を詰まらせた樹木は椋の大木でこの倉庫のうえをおおっていた。夏場でもお陰で倉庫は暑くならず、役立っていたのだが、道路にはみ出していたので去年切った。置き土産たっぷり、株はまだ生きているので毎年出てきたひこばえを切らないといけない。建物のそばに木を植えて放っておいたらろくなことはない。こまめな管理は必須である。

 今回は実質的に倉庫に被害はなかったが、木造の家に近接する樹木はみんな切ることにしよう。いずれ面倒を見られなくなる。今年の秋には始末したい。体力がいる。片手でチェーンソーを上げられるように筋トレを始めるかなぁ。それともプロに頼むか体力の回復にかかっている。悩ましいかぎり。

 やっぱり やれやれ・・です。

                幸太郎 九拜



春がきた(剪定に挑戦)2025年04月10日 15:47

 春がきた(剪定に挑戦)


 季節はすでに春、24節気では清明と言うらしい。桜の花が眩しく、木の下で一休みする人も楽しそうである。

 こっちはそんな花見の雰囲気を味合うどころではない。というのは植物が芽吹きだすとどうしても田畑や庭の草とりや剪定を思い浮かべてしまう。しんどい作務が始まるのである。

 病気のため昨年は庭木や生垣に手を入れていない。1年放っておけばどうなるか。生存競争で強者がよく育ち、元気に伸び放題である。さらにつるが大きな木にまとわりついてその樹勢を弱め、放っておけば樹木は負けて枯れてしまう。庭も田畑も荒れ放題になっている。

 夜中にトイレで起きるとこんな自然の摂理が鮮明になって、眠れない。そこそこ成長した樹木は一年経てば確実に太く大きくなる。自分の年や体力のことを考えると、できるだけ小さくしておきたい。ふと、あそこの松はもう限界かな、早く切らねば手に負えなくなると布団の中で焦るのである。

 切り詰めたい樹木はいろいろある。とりあえずは墓のそばで大きくなった槙の木を伐採することにした。これはかなり大きいのでプロに頼んだ。

 作業当日、見ていると木に登って上の枝から落としていった。足場を確保しながら幹も切ってゆく。さすが、軽く半日仕事であった。



(三又の幹は根元で切って倒した)


 次の優先は建物のそばで大きくなった松の木である。屋根より上に伸びている。松葉やおしべの殻が雨樋にたまってつまるのである。頂部を切り詰めて屋根より低くしたい。

 この松に取り掛かる前に、体の慣らしを兼ねて脚立で届く高さの松や樫を剪定した。


(土塀は朽ちかけているので、ポリカの波板を被せてある)


 さて、大物に取り掛かるとするか。体調は万全ではないが、午後なら休みやすみ動けるようになっている。とにかく頂部の松葉だけでも落としたい。

 先日プロの切り方を見ていたので同じように上の枝から落としていった。木の上まで登って、左手で幹を抱きかかえ、右手でチェーンソーである。肩より上にチェーンソーを持ち上げのはかなりきつい。枝の腕にチェーンソーをあずけるのがやっとで、あとはソーの重力にまかせた。おがくずを顔に浴びながら必死のパッチ。危ないあぶない。


 結果は写真の通りで、頂部の細い枝はやっとこさ切った。太い枝と幹は諦めた。松は葉っぱを落とせば胴吹きの芽は出ない。葉のない幹はそのうち枯れる。枯れると軽くなるのでそのときに切れば良い。

 やれやれ、体力の回復が樹木の成長にギリギリ追いついたようで、ひとあんしん。他にも問題は山積だが少し時間の余裕がある。もうちょっと体力の回復をまとう。

 これで、夜中のトイレで目がさえなければ良いのだが、そうはいかんやろうなあ。


・・・ある老僧、つぶやく・・・

 自然豊かな山寺の境内、樹勢の強い雑木がそのうち貧寺をのみ込み同化するぞ。

 共存のために知恵しぼれ。貧寺に似合いのあり方を創造せい。そーれ、今の世界とそっくりではないか。生み出せ 生み出せーい・・・


             幸太郎 九拜

               

住環境の自然を考える2024年04月25日 17:27

  住環境の自然を考える


  小さい頃は身近に自然があった。ここでいう自然は田畑、林、竹藪、家には庭、生垣といった樹木や植物がそばにある環境である。たまたま寺で生まれて、こんな環境で育ったためか、ぼんやりと、老後は自然にかこまれて生活ができたらと考えていた。

 こんな考えの甘さがここにきて次々に露呈してきた。まず、認識の甘さの第一は、自然との共生にかかるコストは半端ではないことである。

 草木は毎年成長と誕生で膨張し続ける。こっちは体力のあるうちは良いが、歳とるにしたがい体力は衰え、病気にもなる。樹木は大きくなる一方で老体では手に負えなくなり、プロに頼むことになる。

 次に、村の田畑はどんどん宅地に変わっていることである。寺の周囲の田畑にはすべて家がたった。段丘地形で境界は斜面になっている。伸び放題の大木が道にはみだし陽をさえぎる。もはや放置できない状態になった。クレーンを据えるスペースを確保できるぎりぎりのタイミング(2022年2月)で、5本伐採してもらった。http://aaji.asablo.jp/blog/cat/sizen/?offset=30 

 このきっかけで、他の家からも伐採の要望が来て、昨年の2月にも伐採した。https://aaji.asablo.jp/blog/2023/02/

 7月にガンが見つかって、一休みかと思っていたところ、昨年の暮れに市から、市民から通報があったので木を切れという通知が来た。

 どこのことを言っているのか分からないが、市に問い合わせるのも煩わしい。もともと気になっていたところがあるので、いつものプロに頼んだ。こちらは入院中なので立ち会いなしで伐採してもらった。


写真 伐採前(2023年1月)


伐採後(2024年3月)

 

伐採前(2023年5月)


伐採後(2024年3月)


 高木は、劣化したスレート吹きの倉庫ぎわにある。道はけっこう車が通るし、クレーンを据える場所がない。プロは高所作業車でなんとかできるという。結果、スレート屋根を損なうことなく、なんとか切ってくれた。これで近所迷惑な高木は全部始末した。

 自然との共生にあこがれて生きてきたが、ここにきて実現の難しさを実感することになった。

 前述の繰り返しになるが、見込み違いの第一は、自然のしたたかさというか、たくましさは、歳とってはじめて見えてくることである。すでに体力がついてこない。

 第二に、動植物、生き物の宿命である子孫を残すための戦略は、植物は動物の比ではない、量において圧倒的である。

 残るは家に近接する庭の木である。病気回復後に自分で切るか、プロに頼むか、そもそも庭の設計ができていない。庭より先に建屋が傷んできている。それより先に自分がくたばるシナリオもある。

 うーん、負のスパイラル。闘病中に先のことを考えるのはやめよう。

 「即今只今」 今できること・・・そうや、そろそろ衣替えか、断捨離も残ってるぞ・・・