ショック: 抗ガン治療はむだ ― 2025年02月06日 13:26
ショック: 抗ガン治療はむだ
先のブログで近藤誠先生の主張を紹介した。ガンに対して常識とは違う主張、いや今のガン治療を否定する考え方である。気になったので、著書「患者よ、がんと闘うな」を読んだ。
いやーまいった。これまでうけてきた手術から抗がん療法にいたるまで、延命という意味でなんら有効ではなく、むしろ副作用で寿命を縮めるというのである。主張は論理的なので技術屋にはかなり説得力がある。
確かに、食道をとった後、抗ガン剤の副作用(重度の大腸炎、下垂足、貧血、など)で体調が悪く今だに体力は落ちたままである。現在の世界標準の治療らしいが、食道切除と副作用による健康被害、生活の質の低下、治療費を考えると大損である。
今さらどうにもならないが、手術以外の方法があるのか少し調べてみようと思う。少なくとも今やっているキイトルーダは副作用として皮膚炎がきつく、腹の調子も悪いので点滴はやめるつもりだ。
では、腎臓に転移しているガンはどうなるのか。近藤先生によれば抗ガン療法は効かないというし、確かにこれまでキイトルーダを4クール、体力の限界まで試して明らかな効果は出ていないし、ガンが消えることはないと断言している。なので、副作用を我慢して続けるメリットはなく、費用はかかるし、取り返しのつかない健康被害の可能性もある。
もう少し早く、少なくともオプジーボを始める前にこの先生のがん論と出会えたらよかったのにと思う。開発者の本庶先生のノーベル賞などで良い薬だと信じ込んだのが間違いだった。
医療界、少なくともガン治療に関しては、数少ない治験データを統計論を使って分析しているのである。少し統計論をかじったものとしては、密室での少数データの統計解析の結果はとても信用できない。ガン新薬の効果の真相はわからないが、こんな具合ならこわい話である。
ドクターを信頼すべきだろうが聖人ではない。ほとんどは薬屋や医療機材屋との関係、自分の出世や生活を大事にしている普通の人であることを頭に入れておかねばならない。
近藤先生いわく、治療方法の選択は自分で情報を集めてよく考えること。抗ガン治療はほとんどのガン(90%)には効かず、延命策にはならない。むしろ合併症などで命を縮める可能性の方が高い。
ガンは老化現象で自然に治ることはない。ガンと闘うことで死ぬまで不自由な生活を強いられる。治療に多くを望まず、治らないことを素直に認めて、闘病から解放され自由に生きることが大切だ。ガンによる症状が出たら治療してもらうと割り切れば楽にすごせる。だれでも死ぬ間際にはなんらかの具合が悪くなるのだから。
繰り返しになるが、ガンは老化であって自然現象である。薬で延命できたとしてもたかがしれてる。実現可能性の低い延命への執着を捨てることができれば、今の生活を納得がいく充実したものにできる。
延命への執着はすぐには捨てられないが、抗ガン治療をやめ、リハビリに力を入れよう。一年半ものあいだ身体をボコボコにたたいてきた。しかも食道がないので、かなりの時間はかかるだろうが、体力が回復すれば楽しみも増えよう。
身体も気力も年相応の状態を目指すものの、年相応なんて判断するのは自分なのだ。適当なところでこんなもんだと思うことにしよう。でないと思うように調子が出ないことでストレスを溜めてしまう。自分のことなのにやっかいだ。
近藤のガン論との突然の出会い、ガン治療への不信感、治療を医者まかせにしたことへの後悔 ・・・ あー情けなや ・・・ しばらく坐ってないなあ
幸太郎 九拜
入院中の水補給 ― 2024年12月07日 15:34
入院中の水補給
抗ガン療法で摂取しなければならない第一は水、次にタンパク質である。
初めて入院した時は売店で毎日1リットルのペットボトルを買っていた。3回目ぐらいだったか退院日の朝、ボトル水が空になった。薬を飲むのに水がいる。やむを得ず洗面台の蛇口の水で飲んだ。何のことはないボトル水と変わらないではないか。以後の入院ではボトル水は買っていない。
この時、家の外では蛇口の水を直接飲まなくなっている自分に気づいた。必要な時はコンビニでボトル水を買うか、あらかじめ家で水道水をボトルにつめて携行するのが習慣になっている。
入院中の水の調達については迂闊だった。長らく水道にたずさわってきて、気づくのが遅い。ここは大阪市の新しい病院である。部屋の洗面台の蛇口の水が最も新鮮ではないか。数歩で安全な水が手に入る。日本ならではの素晴らしい飲料水システムである。
売店の入口にはボトル水がずらりと並んでいる。安いのは1リットル100円ぐらいである。けっこう買っている人がいる。部屋で同じレベルの水が飲み放題なのに何ということか。蛇口離れが進んでいるように思う。
何年か前に水道水を飲もうというキャンペーンがあったと思うが、もう一捻りして水道の徹底活用をPR したらどうかと思う。少なくとも公共施設やホテルの蛇口からはボトル水と同等の水が出ることを、鑑定証かなんかをポスターにして貼るとかTV のCMでながしたらどうかなあ。もちろん日、英、中、韓国語でインバウンドにも分かるようにする。日本の売りは観光資源だけではない、水道システムの安全安心も売なのだ。
これの実現には水道メーターから蛇口までの技術的な工夫がいるかもしれない。ユーザー自己責任の浄水器任せでは情けない。蛇口は水道の安全でおいしい水を実感するかなめである。そこの詰めが甘いと信頼感が揺らぎかねない。そのあたりの課題が置き去りになっているのではないだろうか。
今後は地域住民との信頼関係がますます重要になる。地味で優先順位の低い課題かもしれないが施策実現の基礎である。組織も変わったことだし、衛生指導や管理方法の抜本的な見直しも必要ではないかと思う。
入院して蛇口離れが自分にも浸透していることが分かった。洋食とともにやってきた食事中のミネラルウオーターみたいに、このまま庶民の文化として定着して欲しくない。洋食に合うお茶の開発はどうや。老兵は死なず、ただ消え去るのみだが、水道の安全安心のもう少しの詰めで足元かため、攻めのビジョン実現を期待したい。
どうやら抗ガン剤の副作用が出てきたみたい。迷想、妄想、頭ぐるぐる、そろそろやめよう、ではまた。
幸太郎 九拜 @病室
楽しく生きる? ― 2024年08月17日 11:57
楽しく生きる?
日々の生活は楽しくありたい。生活の基本的な要件は衣食住である。楽しく生きるためには衣食住を充実させるのがベースになると思う。
日々の生活で手軽に楽しみを見いだせるのは、衣と食である。さらに、闘病中は食がままならない。そう、残るは衣なのである。ショッピングは楽しいし、ファッションにもひかれる。外出できなくても、毎日、着替えれば気分転換になるし、かず少ない自己表現の機会でもある。
ところが、先のブログに書いたが、衣服についてのインターネットショッピングは癖になるので気をつけよう、また、闘病中とはいえ甘えることなく、足るを知れともう一人のおのれがつぶやくのである。
・・・普通、人は衣食を適当に楽しみながら生活している。なので、こんなうんちくをならべることではないのだが、暇なものでどうでもいい事に引っかかってしまった。頭の体操のつもりで、ちょっと整理してみた ・・・
自分には小さい頃からの習いのよそ行きという文化、擦り切れるまで服は着るといった意識が、美徳としてしっかりと根づいている。よそ行きが、くたびれてきたら普段着に回し、すり切れたら処分する。この循環は物質としては理想的である。
問題はこの質素倹約志向と遊びのバランスをどうとるかである。言いかえれば、我欲のコントロールの問題である。さらに突っ込むには修行がたりない。この程度でここではやめておこう。
さて、年齢もさることながら、この期におよんで、よそ行きがくたびれるまで付き合ってる時間がない。だから、用途の区別をなくし、どんどん着替えて衣を楽しまねばと思う。病は気からという。楽しく気を晴らし回復を加速できたらすばらしいではないか。
ということで現状は、しのごのゆわんとネットショッピングで遊んだらええねんとなる・・・そうやろ、頭でいろいろ考えても人は楽しいことしかせーへん ・・・ それが自然体でむりがないんや ・・・ あーしんど ・・・
猛暑日の散歩 ― 2024年08月04日 08:30
猛暑日の散歩
退院して2週間が過ぎ、ようやく抗がん剤の副作用が引いてきた。下垂足で左つま先が上がらなかったが、かなり回復してきた。運動しなきゃと、歩きに出かけたものの脚の筋力が落ちてしまって、スムーズに歩けない。何ヶ月も杖に頼っていたので仕方ない。それにしても、動かさなければ筋力はすぐに落ちることにびっくりである。
歩くといっても1時間ぐらい近所をうろつく程度である。この最近は猛暑日が続いているので、陽の当たらない商店街をうろついている。みんな考えることは同じで、買い物、通学、散歩と老若男女が行きかう。さらに自転車が歩行者の隙間を縫うように走る。特に若いママの電動アシスト自転車が危ない。決してスピードを落とさない。
わが街を走る自転車、特に若い?女性は交通ルールを守らない。信号無視、逆走、歩道の高速走行など当たり前、子供にヘルメットを被せても自分は被らない。せめて子供の前で信号無視はしないでほしい。
わが街の車道は狭くて自転車で走れたものではない。だからもっぱら歩道を走ることになる。ヘルメットの着用が努力義務となったものの、暑い日中にちょっと買い物でヘルメットは流石に無理なように思う。
久しぶりに街に出たときは、色々新鮮に感じたが、すぐに慣れてしまう。猛暑日の散歩は熱中症に加えて自転車に気をつけねばならない。マナーの悪さに悪態をつく元気もなく、ストレスを増す。何ともきつい夏である。
来週、4クール目の点滴入院である。この薬剤の効果を判断する節目になる。ここで事故にでもあったら大変だ、用心のために杖を持つかなぁ。
読書: 闘病記、百歳日記@病院 ― 2024年02月19日 17:28
読書: 闘病記,百歳日記@病院
入院中は、時間があると思って本を持ってきた。友に教えてもらった乳がんの闘病記「くもをさがす」西加奈子と、「最期のアトリエ日記」野見山暁治(102歳逝去)である。
二つともエッセイなので、読みやすかった。
闘病記はカナダという異文化の中でよくやるなあと思った。自分だったらもたんやろうな。女性の社交力の強さもあるのかなあ。
ガンなので告知された時の血が引く感じや、不安感などは同じである。ガンに向き合わざるをえない自分と、客観的に見ている自分がいて、それがだんだん一体化したように書いてた。なるほどよくみている、共感した。
野見山画伯のエッセイはすごい。90過ぎの日記である。ほとんどが、老いへの抵抗である。肉体の老化は確実に進み、機能は弱くなっていくが、頭はそれほどでも無いようである。頑健な体質だからか、たまたまなのか。
それに、たくさんの人のお世話になって生活が成り立っているので、まわりの人たちへの気遣いもすごい。
テレビも見ているので、コロナや、ウクライナなどへの考えは自分と何ら変わらない。とくに、社会や政治に対するなげきは、まったく同感である。
最期の貴重な記録である。いくつか、気になった百歳の言葉をあげよう。時系列は前後するかも知れない。
- コロナ禍、黒人騒動と世界騒然。息がつまる。ぼくが生きているこの世情、今までと何ら変わるところがない。
- コロナウイルスの現状、安倍首相の子供じみた答弁。
- オリンピックの原稿で。新聞に載った文章を、政府が利用するような事はないだろう。今の政府はうす汚い。こっそりとやるか、打ち出して言葉を利用するか。一般庶民の言葉まで掬いあげそうな姑息さだ。
- 百歳になって愚痴っても始まらん。
- 祭日、このところテレビのひどいこと。日本は滅びるんじゃないかと危ぶむほど低俗を極めている。コロナのせいでは済まされん。
- 財務局職員の自殺、妻の訴訟、ずっと気になっている。まさか知らんぷりじゃないだろう、国は。いや国は公明正大にやっていけるほど、単純なものではない、と言うか。
- コロナ禍でのオリンピック、無謀だよ、今の日本の指導者、いったい何を考えているのか。
- 日本人は天候の具合まで自分の責任のように謝る。
- ぼくが肌身に感じた戦争を伝えたい。
- あえて言いたい、日本人は戦争に敗れたから嫌だと叫んでいるだけだ。負け方が下手くそ。負けないものと思い込んでいたらしい。
- 新聞記事、森友決裁文書改ざん訴訟、財務局職員の自殺経過、ぼくはこんな国に住んでいるのか。
- わかっている。この歳になると、いつだって体のどこかが悲鳴をあげる。そんなに気にしなくていい。
- 色んなものに興味が薄らぐ。薄らぐとあまり意味のないものに思えてくる。オリンピック、絵を描くことにも。
- ロシア、ウクライナに国家規模の強盗殺戮。理性に培われた現代に、こんな理不尽が、まかり通るのか。
- 映像のぼくは自分で感じるより、ずっと老人だ。わざわざ、素っとぼけなくても充分にできあがっている。
- ロシアのプーチンの、あの冷たい顔が、ちらついていかん。一人の精神異常者の横暴で、地球上の全人間が不幸にさいなまれる。大袈裟に叫んでいるのではない。一瞬にして、それが可能な兵器を20世紀は手に入れたのだ。
- 権力は生物のすべての、最高の憧れか。それを手にした途端、気が狂う。
- 楽しく観せようとするテレビの、みるに堪えぬしらじらしさ。誰が歓んでいるのか。それともぼくが、今の人間のお笑いから、ハミ出しているのか。ずっと棲んでいたいと願うこの世であって欲しい。
- イギリス女王の死の報道、お祭りのよう。日本の国葬、安倍晋三氏の問題、どうする茶番劇。
- テレビは連日サッカーを追いかけて、いくら何でもこの国はスポーツしかやっていないのか。それにまつわる悪徳業者、政治家。時代がどう移り変わってもこのザマか。
- 妻たち。彼女たちの寄せた愛情を、ただぬくぬくと享受している。二人とも同じようにぼくの許を去っていったが、ぼくが消した、という罪悪感が、苛みはじめた。妻たちに限らない。たしょうの愛情をぼくに抱いたひとたちに、ぼくは傲慢だった。
- ただひたすら自分だけが可愛い。そんな男に結婚の資格はなかったんだ。
- 自分の体のことを人に任せているせいか、おのれの人生の、外っ側にいるようだ。
- 周辺の人をそれなり犠牲にして、生きる資格が自分にあるのか。その思いは、日が経つにつれて、ぼくにのしかかる。この思いに早く決着をつけたい。日を重ねていると、判断が鈍くなる。
- 今までにないこと。いきなりお尻から汚物。なんという猛々しさ。やはり老人になるのは恐ろしい。
- 広島サミット、ウクライナ大統領くる。日本の親方、ずっと口を少し開き、白い歯を覗かせている。ここはきつく唇は閉ざした方がいい。日本人の親しみというか、社交顔だけど、世界に通用しない。
あげ出したら切りがないのでこれぐらいにしますが、いきどおりは今の自分と変わらないようで、一安心しました。
@病室
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