砂と壁・・自由とは(雑念シリーズ2) ― 2022年06月22日 14:49
砂と壁・・自由とは(雑念シリーズ2)
「100分de名著」を見ていた。NHKのTV番組で、テーマは安部公房「砂の女」である。近頃気になっていた問題を解くヒントがありそうに思った。
AIの分析ではないが、専制主義、民主主義、人民、国民、難民、戦争、軍隊、などの範疇で人は自由をどう考えているのであろうか。
この作品は、砂は自由の象徴として考えていた主人公が、砂の壁に幽閉される物語で、自由とは何かを考えさせられる。
早速、図書館から「砂の女」を借りた。古いので文庫版で、活字が小さく老眼にはきつかった。放送もあるので、一気に斜め読みして翌日返した。読み終わって、ぼんやり、次のように思った。
⑴ 自由は自身が思うことで、他が感ずることではない。
⑵ 自由と不自由は一対で、苦楽に通ずる。
⑶ それは、生命、時間軸にそって無限に移ろう。
⑷ 界の中で生まれる全ての人間は、自由と不自由に立ち向かわざるを得ない。
だから、人にとって「自由」とは、群れる故に、宿命として自由を求め(闘争)、獲得し、また無くすような、永遠の脳の働きではないかと思う。
このように考えてみたものの、何かすっきりしない。身近な言葉だが、単純ではないことが解った。深掘りするには、哲学や脳科学が要る。老眼と老化が書籍を遠ざけ、とても手に負えない。

一晩ぐっすり・・♪・・夢の中へ・行ってみたいと・♪・遠い~世界に・旅に~出ようか・・♪・・朝には彼岸か・・・あの世に逝っても分からんままかもしれん。そんなことは山ほどある。まあ、ぼちぼちでいいか・・・
コメント
_ (未記入) ― 2022年06月30日 14:50
_ アージ幸太郎 ― 2022年07月14日 16:15
コメントをどうぞ
※メールアドレスとURLの入力は必須ではありません。 入力されたメールアドレスは記事に反映されず、ブログの管理者のみが参照できます。
トラックバック
このエントリのトラックバックURL: http://aaji.asablo.jp/blog/2022/06/22/9502349/tb
老子の言葉だったと記憶するが「上善如水」というのがあった。水のごとく柔軟に適応する能力があれば なかなか出来ぬことだが これが自由なのかなとも思うのですが。
凡人には難しすぎて頭がいたいことです。銘酒「上善如水」を飲んで これを薬に人生を楽しもうと思うばかりです。