何でもすぐ飽きる2023年11月05日 15:39

 何でもすぐ飽きる


 病気になって発見したことがある。生活のあらゆる場面ですぐ飽きるのである。

 入院中はドクターや看護師さんの指示に従う意外に選択肢はない。当然そうすれば良くなると信じているので、頑張ることができる。

 退院すれば自分の意思でリハビリに励むことになる。これが曲者である。例えば、散歩である。何度か同じ道を歩いているとリハビリ散歩もだんだん辛くなる。

 暑い間は陰のある商店街を歩いていた。そのうち涼しくなったので川沿いを歩くようになった。その時は自然が新鮮であったが、慣れてしまった。

 食事も同様にすぐ飽きる。何でも食べるたちなのに、今回はそうはいかない。少しか食べられないが、同じメニューは3度ぐらいが限界で、食べる気がしなくなる。

 1日のうちでも気分の変化は大きい。午前中は腸ろうで全く元気がない。貧血なので腸が動き始めると他の臓器の血液が不足するようである。調子が出てくるのは午後からで2時以降からである。

 日によっても違う。大体調子の良し悪しは隔日になっているようである。それに、睡眠の質の影響が大きい。

 化学的抗がん療法というのは、骨髄の血液を作る機能を抑制して、抗がん剤の作用を邪魔しないよう免疫力を抑える方法である。体力のぎりぎりまで骨髄機能を抑え込んで、がん化組織を小さくして切除する。

 外科的な傷の治癒は比較的早いが、抗がん剤の点滴が終わって3ヶ月、血液成分の回復には時間がかかるようである。

 気は先走るが体はついて行かない。これは、高齢になれば誰もが超えなければならない山の一つだと思うが、山寺の参道に突然現れた長い石段のようである。

 途中で諦めるのは悔しい。せめてここから山門が拝めたらなあ・・・。

               アージ 九拜




ノーベル賞の本庶先生2023年11月08日 15:39

 ノーベル賞の本庶先生


 2018年に京大の本庶先生がノーベル(医学・生理学)賞を受賞した。がん治療に画期的な道「免疫療法」を拓いたとのこと。あれから5年たって、先生の成果が直接自分に関係するとは驚きである。

 がんの治療法には、外科、化学および放射線療法の三大治療法がある。これに加えて、ヒトの持つ免疫反応を利用する免疫療法が第四の治療法として登場したのである。

 ドクターによると、食道がんは最も悪性度の高い腫瘍の一つであって、あなたのがんはステージⅢで、手術療法が最も有効であるとのことであった。2ヶ月で化学療法→外科療法が終わった。この病院のデータでは、手術後の5年生存率は約50%とのこと。

 退院時に、先の免疫療法の説明があった。


 [ 2021年11月末から免疫治療薬のニボルマブ(商品名オプジーボ)が術後補助療法として保健適応になった。

 ここでは、ニボルマブの投与方法と再発抑制効果を調べる目的で臨床試験を行なっている。試験では投与開始1-16週目までは240mgのところを初回から480mgを投与し、安全性・有効性を評価する。 

 この療法は4週ごとに最長1年、ニボルマブ480mgを点滴投与する。

 もちろん、重大な副作用がおこる可能性がある。これに参加するかどうか、よく考えてください。]


 判断するのに気にしたことは、自分の悪性がんは生存率50%、ニボルマブの重大な副作用、奏効率などである。データが十分あるわけでもない。すべて確率の問題で、意思決定に迷う。

 結局、ドクターがすすめる療法で保健適応(費用面、国の認可済み)であることが決めてとなった。

 がん再発リスクを下げるのに、できることはこれしかない。何でもそうだが、今やれることをやっておかないと、再発時の後悔は半端ではない。

 死んでも死にきれないというが、それはどんな時か。それはやり残したことがある時だそうだ・・・知らんけど。

 それに臨床試験なので、結果はどうあれ、データは次に活かされる。これまで受けた治療も、すべてこのようなデータで確立されたものである。少しでも恩返しできるではないか。

 情報が少ないときに判断するのは苦手である。うわべのメリット、デメリットではなく、次元の違うよりどころが要る。それは信仰とか哲学なのかなあ。

 暇やから言うて難しく考えすぎ。あれこれ考えるから悩むんや。何も考えんと、ドクターを信頼して、言われること、きいとったらええねん。何かあったらあったで、その時のこと。命は、今や、今、今しかないぞ。

 いつも言うてるやないか・・・即今只今 喝!

          アージ 九拜



丸山ワクチンとオプジーボ(ノーベル賞の本庶先生:追記)2023年11月11日 15:36

 丸山ワクチンとオプジーボ

      (ノーベル賞の本庶先生:追記)

[ 追記 ]

 1980年代に、丸山ワクチンの有効性が社会問題になったような記憶がある。ワクチンは保健適応にはならなかった。この頃、統計の先生に指導してもらっていたので、おぼえている。

 疫学では薬の判定に統計学を使う。効用のメカニズムが複雑だからである。丸山ワクチンについて、有意検定でぎりぎりのところで有意性はないとの判定だと言っておられた。

 詳細は避けるが、検定には有意水準を設定する。通常1%と5%がよく使われる。これは誤る確率が1%とか5%であるという意味で、値は任意に採用できる。

 丸山ワクチンには副作用はないらしい。ならば、容易なことではないが、有意水準を10%にして、治療のチャンスを多くした方が患者のメリットは大きいと思うのだが。

 これを国に働きかけるのは学会の役割だと思うが、当時、丸山先生と癌学会の主流派との対立があったそうだ。これが国の認可にどのように影響したかわからないが、どうもスッキリしない。

 本庶先生と小野薬品でも訴訟問題がおこった。2021年、小野薬品が、京大と本庶先生に計280億円支払うことで和解したとのこと。(オプジーボ訴訟)

 新薬の研究開発にはカネと時間がかかる。関係者は、国の認可でその投資を回収できることになる。莫大なカネが動くので、どうしても揉めてしまう。

 オプジーボは、ノーベル賞級の治療法なので単純に信頼性は高いと思いたい。薬の信頼性に揉め事は関係ないと思うが、企業が先生の要求に応えられず、訴訟にまで至ったのが残念である。新薬の進化への影響が懸念されるからである。

 がんの免疫療法はスタートしたばかりである。この治療の臨床試験に参加するものとして、関係者の禍根のないコラボを願うばかりである。



体重減で知った苦痛2023年11月15日 15:37

 体重減で知った苦痛


 ややメタボ気味だった体重が4ヶ月で10キロ減った。BMIで21ぐらいなので標準の範囲内ではあるが、いろいろよろしくない。

 やっと、腸ろうがとれたので、体調をみてジムに行った。風呂に大きな鏡がある。鏡の自分にびっくりである。家では気づかなかった。骨皮筋衛門だ。あらゆる筋肉は痩せ、シワだらけである。

 困るのは見かけだけではない。以前から木のベンチに腰掛けると、ケツが痛いのだ。おかしいなと思っていたが、裸を見て納得した。

 座布団持参で散歩かな。坊主頭で、怪しい格好になるぞ。そういえば、最近布団を担いだホームレスも見かけなくなったなあ。いや、自分の行動範囲が狭ばっただけかもしれない。

 次に、衣服がサイズオーバー。秋冬は色々着るので何とか誤魔化せそうだが、薄着のシーズンはそうはいかんやろなあ。

 サイズの問題と、やや冷えに弱くなったので、早々とコートをはりこんだ。ところが予報士は暖冬だと言っている。

 考えてみれば、この体調で出かけるチャンスもあまりない。断捨離ができてないので、衣紋掛けは一杯だ。どうするアージ!

 幼少の頃から忍耐のしつけで育ったので、ガマンには自信があった。ところが、病み上がりに、ガマンは良くないとの考えが急成長だ。買い物には気をつけよう。

 質素・倹約を美徳とし吾唯足知の境地が何処へやら。ええかっこしすぎや。いや、快復すれば全ては明らかになるさ・・・。


 苦悩のアージ。こんな情けない顔、めったに成れんぞ。成りとうないわい。目と口あけたら、ムンクの叫びや・・・足るを知れエ〜ツ・・!


生・老・病と回想2023年11月23日 17:26

 生・老・病と回想


 朝は、食後直ぐには動けないので、机の前でぼーっとしている。上半身を立てておかねばならないので、横になるわけにはいかない。朝からTV、ラジオの放送は同じ事の繰り返しですでに飽きている。

 何かしらの考えをめぐらしている。こんな時、ちょくちょく祖母や親の言を思い出す。

 小さい頃は祖母について畑に出てた。ある時、田畑を売って寺を出て行っても良いかと問うた。オバア曰く、いかん、全部おいて出ていけ。

 戦後の農地開放の時、祖父を亡くしていた祖母は、田畑の保持にかなり苦労したらしい。怒っていたような記憶はないが、跡取りの孫に、こんな事きかれて、さぞかし悲しかったろうと思う。


 断片的ではあるが、幼少時に周りにいた大人の言葉を思い出す。そして、今、やけに納得するのである。自覚のないまま、気がつけば心身ともに老の中である。

 儒教では、高齢者を敬う教えがある。その影響をうけた禅宗でも、会合では、着席は僧侶の階級ではなく、年の順である。

 先代の跡を継いだある時、寺の寄合があった。自分は僧階が低いので、末席に座ろうとした。上座の老僧が近くに来いという。曰く、「ここでは年取ったもんが偉いんじゃ」。ここ数年で、11ヶ寺の部内では世代交代がすすんだ。僧の作法は新米のまま、今や3番目の年長者になった。

 年は、人に順番をつけるのに、万人が認める尺度である。何十年も生きるのは並大抵ではない。樹木でも動物でも、素直にすごいと思う。

 さて、若い頃のことを思い出すのは病気のせいか、年のせいか。

 病気で脳への新たな刺激は乏しく、悩みは心地良くもない。そんな時、脳は自己防衛で過去を思い出して懐かしむそうだ。病気の時や、年取って楽しい昔を振り返るのは、脳の健康を維持するのに自然なことのようだ。

 そうか、回想は病気と老化の両方の作用だ。この機会に懐かしい過去を大いに思い出そう。だが、楽しい思い出は滅多に出てこないのはなぜか。

 それは分かりません。自然体で行こう。考えすぎで脳までリハビリじゃたまらんからなあ・・・。